伝承の闇
「山姥」を観てきた。
宝生会 春の別会能(第二日)
平成23年5月22日
シテ 朝倉俊樹師
他の曲も、とても豪華なものであった。その割に、見場の入りが少なかったのが気になった。
とりわけ感動したのは、仕舞「藤戸」であった。當山孝道師のそれは、悪龍となって害を及ぼさんとワキ座にかかる段、一瞬そこに怨むべき相手が蒼白な面持ちでシテを見据えているのが見えてしまった。
しかし、今日の本題は、観能記ではない。山姥を観ていて、思ったことを、すこし書く。人々はどのように闇を恐れていたのか。
山姥の曲舞、という芸がある。実際にどのようなものかは寡聞にして知らないが、中世に流行った舞楽の一種だそうで、それを極めた若い女性がこの曲のツレだ。
舞台は、そのツレがワキ、ワキヅレと共に、山越えをする場面である。そこでにわかに空が暗くなり、シテの山姥が現れる。壮年の女性の体で現れた彼女は、自らのことを謡った曲で名を馳せたのであれば、供養のためにその舞を見せてみろ、とツレに迫る。
その後、後の段では、折角ツレが謡を為すにもそれを止め、シテ自らが真の山姥の舞を披露する。そして、山巡りの情景を謡った後、そのまま山また山を遥々と去っていく。
山巡りは、六道輪廻の隠喩である。一生は重き荷を背負いて行くが如しと言ったのは徳川家康だが、仏教においては、生老病死全てが苦である。それは人の世であろうと、地獄であろうと、よしんば天界であろうとも同じ。そして輪廻の世界では全てが円環に閉じている。原因が結果を生み、結果が原因を作る、一種の運命論。ここで「時間が巡る」事が曲の複雑さを生んでいる。
そう、時は巡る。それゆえに、「山姥のことを謡う曲が人の世で流行する」ことが「山姥が山を巡る」という曲舞を作り出す。それと同時に「山姥が曲舞を人の子に伝授する」原因譚としての謡曲「山姥」が成立する。人々の想念が山姥という異人を想像し、山姥という異人が自らを謡う曲を人々に伝える(創造する)。この曲は、一見してそれと気づかない、複雑な入れ子状の上に成立している。
そして、ここで疑問に感じたのは、人々はどれだけ、山姥の存在を信じていたのかということだ。
「信じられることによって社会的事実として実在する」とはマルセル・モースが供儀の体系をまとめる中で至った定理だ。人々が山姥の実在を信じていることによって、その世界には山姥が顕現する。
しかしこれは物語である。"Willing suspension of disbelief"もしかしたらと願う心がフィクションを成立させる(コールリッジ)。それゆえに中世の人々は同じくらい山姥の存在を信じていなかったのかもしれない。信じていないがゆえに、恐ろしく、そして物語の中で語られる存在となる。
この微妙な想念の入り混じり合いは、妖怪やオカルトの存在を彷彿とさせる。理性的に考えてそんなのはいないと思っているのに、それでも暗い所になんとなくの不安を感じる。その理性と感情の揺らぎのグラデーションは、人によって違うのかもしれない。社会文化によっても、異なるのかもしれない。でも、彼らは心底信じていて、われわれは少しも信じていない、という態度だけは偽物だと思う。或いは投影かもしれない。自分の中にある、不安な物の存在を、他者に押し付けることによって成立する関係。
われわれはどれくらい「信じていた」?彼らはどれくらい「疑っている」?
宝生会 春の別会能(第二日)
平成23年5月22日
シテ 朝倉俊樹師
他の曲も、とても豪華なものであった。その割に、見場の入りが少なかったのが気になった。
とりわけ感動したのは、仕舞「藤戸」であった。當山孝道師のそれは、悪龍となって害を及ぼさんとワキ座にかかる段、一瞬そこに怨むべき相手が蒼白な面持ちでシテを見据えているのが見えてしまった。
しかし、今日の本題は、観能記ではない。山姥を観ていて、思ったことを、すこし書く。人々はどのように闇を恐れていたのか。
山姥の曲舞、という芸がある。実際にどのようなものかは寡聞にして知らないが、中世に流行った舞楽の一種だそうで、それを極めた若い女性がこの曲のツレだ。
舞台は、そのツレがワキ、ワキヅレと共に、山越えをする場面である。そこでにわかに空が暗くなり、シテの山姥が現れる。壮年の女性の体で現れた彼女は、自らのことを謡った曲で名を馳せたのであれば、供養のためにその舞を見せてみろ、とツレに迫る。
その後、後の段では、折角ツレが謡を為すにもそれを止め、シテ自らが真の山姥の舞を披露する。そして、山巡りの情景を謡った後、そのまま山また山を遥々と去っていく。
山巡りは、六道輪廻の隠喩である。一生は重き荷を背負いて行くが如しと言ったのは徳川家康だが、仏教においては、生老病死全てが苦である。それは人の世であろうと、地獄であろうと、よしんば天界であろうとも同じ。そして輪廻の世界では全てが円環に閉じている。原因が結果を生み、結果が原因を作る、一種の運命論。ここで「時間が巡る」事が曲の複雑さを生んでいる。
そう、時は巡る。それゆえに、「山姥のことを謡う曲が人の世で流行する」ことが「山姥が山を巡る」という曲舞を作り出す。それと同時に「山姥が曲舞を人の子に伝授する」原因譚としての謡曲「山姥」が成立する。人々の想念が山姥という異人を想像し、山姥という異人が自らを謡う曲を人々に伝える(創造する)。この曲は、一見してそれと気づかない、複雑な入れ子状の上に成立している。
そして、ここで疑問に感じたのは、人々はどれだけ、山姥の存在を信じていたのかということだ。
「信じられることによって社会的事実として実在する」とはマルセル・モースが供儀の体系をまとめる中で至った定理だ。人々が山姥の実在を信じていることによって、その世界には山姥が顕現する。
しかしこれは物語である。"Willing suspension of disbelief"もしかしたらと願う心がフィクションを成立させる(コールリッジ)。それゆえに中世の人々は同じくらい山姥の存在を信じていなかったのかもしれない。信じていないがゆえに、恐ろしく、そして物語の中で語られる存在となる。
この微妙な想念の入り混じり合いは、妖怪やオカルトの存在を彷彿とさせる。理性的に考えてそんなのはいないと思っているのに、それでも暗い所になんとなくの不安を感じる。その理性と感情の揺らぎのグラデーションは、人によって違うのかもしれない。社会文化によっても、異なるのかもしれない。でも、彼らは心底信じていて、われわれは少しも信じていない、という態度だけは偽物だと思う。或いは投影かもしれない。自分の中にある、不安な物の存在を、他者に押し付けることによって成立する関係。
われわれはどれくらい「信じていた」?彼らはどれくらい「疑っている」?
災害と人類学
『災害の人類学』という本を読んでいる。
社会学・人類学を学ぶゼミで、先生が選んで下さった本だ。
僕が担当した章は、「怪物と母」編者スザンナ・M・ホフマンが書いた章で、災害に現れる象徴表現を分析する事で、人々がどう文化を紡ぐか、文化がどう人々の経験を規定するかを鮮やかに描き出す。
彼女自身、オークランド大火の被災者であり、その経験と、そこから生まれてきた言説、そしてそこにある象徴表現を整理する事で、この章を執筆したようである。
ここでは、自然と文化の対立が前提とされている。
自然とは何か、文化とは何かをはっきりさせねばなるまい。本論文において二つの関係は、当初人工と非人工の区別によって成立している。文化とは、人の手を介したもの、安全なもの、秩序であり、自然は、人の思い通りにならないもの、不安なもの、混沌とさえいってはばかられないかも知れない。
少し面食らうかもしれない、この区分には。自然が全く安全なものではないという感覚。それが西欧の文化であり、ひいては文明に様変わりし、自然を破壊しつくす原動力となった、とはよく語られる言説だ。でもここですこし思いとどまってほしい。明かり一つ持たず、道も分からず、野山で打ち捨てられ迷子になった自分を想定してほしい。そんなとき、周りの木々、動物を、親しいものだと思えるだろうか。
僕達の先祖が生きてきた時代は、そんな、人の方がずっと少ない時代だったってこと、気づいていないといけない。
話が逸れた。こうして区分される自然と文化だが、人々はそこで、自然に対して「母」と「怪物」という具体的な記号を与える。母なる自然という、敵対する自然という記号ともしかしたら同じくらい旧くから持ってきた感受性。一方で怪物という、どうしても思いのままにならない、秩序をもたらす記号体系から外れ続ける名状しがたき存在。
そしてそこで火事という「現象」は、最初は自然の側からの文化への侵略として語られ、自然を秩序の中に取り込み始めると、その後は怪物という自然と文化の調和を破壊するものとして経験される。と、いうのが大筋だ。
しかし、ここまで書いていて、ふと思う。日本に暮らす人々にとって、火災は自然の側にあるものなのだろうか。
オークランド大火は、原因がはっきりとはしていない。ただ、アメリカという国は、落雷や噴火、木々や葉の摩擦熱によって山火事が頻発する国だと聞く。一方で日本は火事がひとりでに起こることは少ない。火事と言えば人為と相場が決まっている。火の不始末という言葉をどれだけ聞かされ、火遊びの危険性をどれだけ語ってきたことか。火事と喧嘩は江戸の華とはいうが、この言葉が証左だ。火事は都市においてこそ、つまり文化の圏内においてこそ起こる。
ただ、今僕はタブーを犯している。自然と文化の区分が西欧のものと日本のものとは違うはずなのに、そのカテゴリーのまま具体的なものだけを違う文化圏で当てはめている。間文化比較はその体系の違いにおいてもなされねばならない、一個の現象だけを抜き出してきても意味はない。これは、日本の自然・文化観を捉えなおすきっかけに過ぎなくて、火事に対する態度の違いを例にしただけである、と留保をしていなければならない。
来週は発表である。
社会学・人類学を学ぶゼミで、先生が選んで下さった本だ。
僕が担当した章は、「怪物と母」編者スザンナ・M・ホフマンが書いた章で、災害に現れる象徴表現を分析する事で、人々がどう文化を紡ぐか、文化がどう人々の経験を規定するかを鮮やかに描き出す。
彼女自身、オークランド大火の被災者であり、その経験と、そこから生まれてきた言説、そしてそこにある象徴表現を整理する事で、この章を執筆したようである。
ここでは、自然と文化の対立が前提とされている。
自然とは何か、文化とは何かをはっきりさせねばなるまい。本論文において二つの関係は、当初人工と非人工の区別によって成立している。文化とは、人の手を介したもの、安全なもの、秩序であり、自然は、人の思い通りにならないもの、不安なもの、混沌とさえいってはばかられないかも知れない。
少し面食らうかもしれない、この区分には。自然が全く安全なものではないという感覚。それが西欧の文化であり、ひいては文明に様変わりし、自然を破壊しつくす原動力となった、とはよく語られる言説だ。でもここですこし思いとどまってほしい。明かり一つ持たず、道も分からず、野山で打ち捨てられ迷子になった自分を想定してほしい。そんなとき、周りの木々、動物を、親しいものだと思えるだろうか。
僕達の先祖が生きてきた時代は、そんな、人の方がずっと少ない時代だったってこと、気づいていないといけない。
話が逸れた。こうして区分される自然と文化だが、人々はそこで、自然に対して「母」と「怪物」という具体的な記号を与える。母なる自然という、敵対する自然という記号ともしかしたら同じくらい旧くから持ってきた感受性。一方で怪物という、どうしても思いのままにならない、秩序をもたらす記号体系から外れ続ける名状しがたき存在。
そしてそこで火事という「現象」は、最初は自然の側からの文化への侵略として語られ、自然を秩序の中に取り込み始めると、その後は怪物という自然と文化の調和を破壊するものとして経験される。と、いうのが大筋だ。
しかし、ここまで書いていて、ふと思う。日本に暮らす人々にとって、火災は自然の側にあるものなのだろうか。
オークランド大火は、原因がはっきりとはしていない。ただ、アメリカという国は、落雷や噴火、木々や葉の摩擦熱によって山火事が頻発する国だと聞く。一方で日本は火事がひとりでに起こることは少ない。火事と言えば人為と相場が決まっている。火の不始末という言葉をどれだけ聞かされ、火遊びの危険性をどれだけ語ってきたことか。火事と喧嘩は江戸の華とはいうが、この言葉が証左だ。火事は都市においてこそ、つまり文化の圏内においてこそ起こる。
ただ、今僕はタブーを犯している。自然と文化の区分が西欧のものと日本のものとは違うはずなのに、そのカテゴリーのまま具体的なものだけを違う文化圏で当てはめている。間文化比較はその体系の違いにおいてもなされねばならない、一個の現象だけを抜き出してきても意味はない。これは、日本の自然・文化観を捉えなおすきっかけに過ぎなくて、火事に対する態度の違いを例にしただけである、と留保をしていなければならない。
来週は発表である。
神話の復唱
古典をやる意味は、神話の復唱にある。
日野啓三は、『書くことの秘儀』の中で、小説を書く怖さについて触れている。書き上げた作品が小説になっているかどうか、ひどく不安になるそうだ。
本の中に書かれた物語は、その物語の存在が虚構であるがゆえに、読者の中に世界を巣食う。してみれば、その世界を巣食うことが出来なければ、ただの黒インクの羅列である。そういうようなことを、言っていたように思う。
きっと、それは、フィクションが何よりも存在と非存在の境界にあるからで、他の「作品」と呼ばれるものもみな、存在できるかどうかだけを賭して存在しようとする。そこに予断は許されない。
古典と呼ばれる作品は、存在を許されたものたちである。彼らは一種の権威を纏い、ともすれば知られていることを常識とさえする。
けれど、生まれるその時は、同じように全てを賭けていた。
ぼくたちは、古典を知識としてだけ知っていてはいけない。彼らが存在しようとした時の息吹を、感じないといけない。
劇をやる時、俳優が自分を押しだしたら興醒めだ。かといって、役柄を命じられたまま務めても面白くない。役になりきって、それでもその俳優だからこそ、といわれるのが名演技だろう。
日野啓三は、『書くことの秘儀』の中で、小説を書く怖さについて触れている。書き上げた作品が小説になっているかどうか、ひどく不安になるそうだ。
本の中に書かれた物語は、その物語の存在が虚構であるがゆえに、読者の中に世界を巣食う。してみれば、その世界を巣食うことが出来なければ、ただの黒インクの羅列である。そういうようなことを、言っていたように思う。
きっと、それは、フィクションが何よりも存在と非存在の境界にあるからで、他の「作品」と呼ばれるものもみな、存在できるかどうかだけを賭して存在しようとする。そこに予断は許されない。
古典と呼ばれる作品は、存在を許されたものたちである。彼らは一種の権威を纏い、ともすれば知られていることを常識とさえする。
けれど、生まれるその時は、同じように全てを賭けていた。
ぼくたちは、古典を知識としてだけ知っていてはいけない。彼らが存在しようとした時の息吹を、感じないといけない。
劇をやる時、俳優が自分を押しだしたら興醒めだ。かといって、役柄を命じられたまま務めても面白くない。役になりきって、それでもその俳優だからこそ、といわれるのが名演技だろう。
2011/1/10 月並能(宝生流)
故あって最初からは出席できなかったが、今年一月の月並能(宝生流)に行ってきた。
お家元の翁、亀井泰男の東北は見逃したが、中村孝太郎の海人にひどく引き込まれたので、観に行ったかいはあった。
海人
シテ 中村孝太郎
ワキ 森常好
子方 波吉敏信
地頭 近藤乾之助
海人は、藤原房前大臣(子方)が、自らの生まれ故郷に行き、母を弔う話だ。公達と海人(シテ)の間に生まれたその子は、母の命懸けで取り返した、龍神に奪われた宝玉と引き換えに大臣の地位に昇り詰める。それが父と母である海人の間に取り交わされた約束であった。
時は流れ房前は、その地へ弔いに行ったところ、母の亡霊と再会する事になる。母は喜びのあまり、息子に手紙を渡し、竜神から珠を奪い返す様子「玉の段」を演じて去っていく。その後房前の弔いによって、母は善き竜女として成仏していくという、二段構えのストーリー。
この曲の見せ場は、前述した「玉の段」である。身に綱を縛り、竜宮に単身飛び込む母は、見事玉を奪い返したのち、自らの腹を切り裂いて玉を押し込める。「竜宮の習いで死人を厭うために、並み居る悪竜も近付けない」ということを利用して。そして、人々により綱が引き上げられ、見事海人は難事を成し遂げる。
ところで海人のシテは、「曲見」という面を用いる。子をなした母に使われる面で、中年の女性を表現する。舞台に出てくる時の彼女は、死した後十三の月日が流れ、母の体に相応しい所作をなす。けれど「玉の段」が実際に(舞台上ではなく、物語における時間軸において)行われた時は、彼女はまだ子を産んだばかりの若き母である。それを反映してか、玉の段の所作の一つ、シオリを切って面を上げた瞬間の彼女は、美しさと決意を兼ね備えた若き母を彷彿とさせた。故に、腹を割き周囲の竜をねめつける有様は、凄惨さ故の美しさが現れていた。シテの白を基調とした装束に対して、見えないはずの血の赤が、絶妙なコントラストをなしていた。
お家元の翁、亀井泰男の東北は見逃したが、中村孝太郎の海人にひどく引き込まれたので、観に行ったかいはあった。
海人
シテ 中村孝太郎
ワキ 森常好
子方 波吉敏信
地頭 近藤乾之助
海人は、藤原房前大臣(子方)が、自らの生まれ故郷に行き、母を弔う話だ。公達と海人(シテ)の間に生まれたその子は、母の命懸けで取り返した、龍神に奪われた宝玉と引き換えに大臣の地位に昇り詰める。それが父と母である海人の間に取り交わされた約束であった。
時は流れ房前は、その地へ弔いに行ったところ、母の亡霊と再会する事になる。母は喜びのあまり、息子に手紙を渡し、竜神から珠を奪い返す様子「玉の段」を演じて去っていく。その後房前の弔いによって、母は善き竜女として成仏していくという、二段構えのストーリー。
この曲の見せ場は、前述した「玉の段」である。身に綱を縛り、竜宮に単身飛び込む母は、見事玉を奪い返したのち、自らの腹を切り裂いて玉を押し込める。「竜宮の習いで死人を厭うために、並み居る悪竜も近付けない」ということを利用して。そして、人々により綱が引き上げられ、見事海人は難事を成し遂げる。
ところで海人のシテは、「曲見」という面を用いる。子をなした母に使われる面で、中年の女性を表現する。舞台に出てくる時の彼女は、死した後十三の月日が流れ、母の体に相応しい所作をなす。けれど「玉の段」が実際に(舞台上ではなく、物語における時間軸において)行われた時は、彼女はまだ子を産んだばかりの若き母である。それを反映してか、玉の段の所作の一つ、シオリを切って面を上げた瞬間の彼女は、美しさと決意を兼ね備えた若き母を彷彿とさせた。故に、腹を割き周囲の竜をねめつける有様は、凄惨さ故の美しさが現れていた。シテの白を基調とした装束に対して、見えないはずの血の赤が、絶妙なコントラストをなしていた。
新春能狂言 能「羽衣 和合之舞」〜観世流〜
「いや疑いは人間にあり。天に偽りなきものを」
謡曲『羽衣』シテの詞章より抜粋
**
NHK教育でやっていた「新春能狂言 能「羽衣 和合之舞」〜観世流〜」を、新年早々観ていた。
今年は諸事情あって新年を言祝ぐ資格はないが、それでも気分が一新される雰囲気は嫌いではない。混沌に境界を引いて秩序を作るのは、認知構造上経済的であると認められたプロセスだ。ならそれを、かなり無自覚な点はあるとはいえ自分が生きる上で利用するのは、悪いことではあるまい。
要するに、年末実家に帰って自堕落な生活をしていたが、年が明けたからという事で少し早起きしてみた、ということだ。
―さて。
知人から、新春に能狂言の番組を教えられたのが、暮れのこと。折角なので次の日に起きるために、「ゆく年くる年」を観終わった後、ゆっくりと床に就く。
そして、ここ数日より少し早い朝に抵抗しながら、ストーブを焚いて羽衣を観ることにした。
シテの天女は梅若万三郎。ワキは僕が好きな宝生閑。地頭は梅若玄祥。観世流のことは寡聞にして良くは知らないが、それでも錚々たる面々であることは雰囲気で分かる。しかも曲は羽衣。最もポピュラーで、最も能をよく表した曲であるがゆえに、決して簡単な曲ではない。「アルファにしてオメガ」という表現をしていた解説もあったが、全くその通りだと思う。
小書は「和合之舞」一体何が起きるのかと思っていたが、緩急がより鋭くなるのがこの演出の特徴だとか。そういえば、太鼓の拍子が急に早くなったような気がした覚えがある。
しかし、画面越しだと迫力が伝わらない。
というより、カメラワークと脇に表示された詞章が、少しだけ興醒めだった。
要するに、徒然なるままに書いてきたが、能は能舞台で観たい。脇正面の、最後方でもいい。あの見場にいるという感覚は、代えがたい。
眠っていてさえも、舞台を生で観るというのは大きい。如何に迫真の演技をしようと、画面の隔たりあっては演技は二重に真より遠い。
今月、行くことが決まっている舞台は、30日(日)の宝生流企画公演。三川泉の舞囃子と、今井泰男による『三輪』
それまで、能にかまけてはいないようにしよう。
謡曲『羽衣』シテの詞章より抜粋
**
NHK教育でやっていた「新春能狂言 能「羽衣 和合之舞」〜観世流〜」を、新年早々観ていた。
今年は諸事情あって新年を言祝ぐ資格はないが、それでも気分が一新される雰囲気は嫌いではない。混沌に境界を引いて秩序を作るのは、認知構造上経済的であると認められたプロセスだ。ならそれを、かなり無自覚な点はあるとはいえ自分が生きる上で利用するのは、悪いことではあるまい。
要するに、年末実家に帰って自堕落な生活をしていたが、年が明けたからという事で少し早起きしてみた、ということだ。
―さて。
知人から、新春に能狂言の番組を教えられたのが、暮れのこと。折角なので次の日に起きるために、「ゆく年くる年」を観終わった後、ゆっくりと床に就く。
そして、ここ数日より少し早い朝に抵抗しながら、ストーブを焚いて羽衣を観ることにした。
シテの天女は梅若万三郎。ワキは僕が好きな宝生閑。地頭は梅若玄祥。観世流のことは寡聞にして良くは知らないが、それでも錚々たる面々であることは雰囲気で分かる。しかも曲は羽衣。最もポピュラーで、最も能をよく表した曲であるがゆえに、決して簡単な曲ではない。「アルファにしてオメガ」という表現をしていた解説もあったが、全くその通りだと思う。
小書は「和合之舞」一体何が起きるのかと思っていたが、緩急がより鋭くなるのがこの演出の特徴だとか。そういえば、太鼓の拍子が急に早くなったような気がした覚えがある。
しかし、画面越しだと迫力が伝わらない。
というより、カメラワークと脇に表示された詞章が、少しだけ興醒めだった。
要するに、徒然なるままに書いてきたが、能は能舞台で観たい。脇正面の、最後方でもいい。あの見場にいるという感覚は、代えがたい。
眠っていてさえも、舞台を生で観るというのは大きい。如何に迫真の演技をしようと、画面の隔たりあっては演技は二重に真より遠い。
今月、行くことが決まっている舞台は、30日(日)の宝生流企画公演。三川泉の舞囃子と、今井泰男による『三輪』
それまで、能にかまけてはいないようにしよう。




